前回は、数学と保健体育の準備員よりお話を伺いました。
※第2回 数学と保健体育が描く愛総中 ~関わり考え、興味を持つ~
3回目の今回は、愛総中準備員の英語担当Jさんと、家庭科担当Aさんからお話を伺います。JさんとAさんは、中学校教諭として勤務されています。


――お二人には、学校生活に関わる内容を検討していただいていますが、その中で特に気にかけていること、気をつけていることを教えてください。
Jさん:始めの頃は、教育目標の自律・自主・好奇心の中でも、特に自律・自主という言葉が頭の中ですごく先行してしまい、学校の規則は、すべて入学した生徒たちと話し合って決めていくことが、愛総中らしくていいのではないかと考えていました。しかし、いきなり中学1年生に全てを任せるということは、必ずしも自律性と自主性を育むことにはつながらないと、準備員会を積み重ねる中で、立ち止まって考える機会をいただきました。
――準備員会の立ち上げ初期では、一度これまでの経験を取っ払って思考を広げて理想像を描き、その後実際の生活をイメージすることで、生徒の成長に合わせた現実的なアプローチが見えてきたということですね。
Jさん:はい。初めから全てを決めようとすると、自律・自主とは関係のない、雑多なことまで気になって、生徒も教員も質問合戦になってしまうと思いました。そのため、最初はある程度の道しるべはつくりながらも、そこに選択肢を散りばめて、新たに子どもたちが気づき考えたことがあれば、それを徐々に取り入れながら、同じ目線で一緒に歩んでいくことが大切だと考えています。今、入学者説明会の資料をつくっていますが、この共通認識がすごく大事だと思っています。
――中学校3年間で自律性と自主性を育むのであって、入学当初から完璧に身に付けているわけではないですからね。そして、何でも自分の好きなように決められるわけではない。
Jさん:やはり一年生で求めることと、二年生と三年生で求めることは異なります。ましてや、慣れ親しんだ地域から離れる生徒が多いことが想定され、しかも校種が小学校から中学校へと環境が大きく変わるため、入学当初は安心して通学し、学校生活に早く慣れるように生活のきまりやシミュレーションを重ねたいと考えています。また、中学校の生徒が過ごしやすいだけではだめで、高校との調和も大切にしなければなりません。
――Aさんはどのようなことを気にかけてみえますか?
Aさん:私はチャレンジ100が少し気になっています。愛総中では総合的な学習の時間が1年生で1時間、2・3年生で2時間多くなっていて、この時間を中心に展開するチャレンジ100が一番の目玉だと思っています。教科書にはない学びであったり、中学校3年間で学ぶべきこと以外にも目を向けられたりする時間になります。今、そのアイディアを準備員みんなで出しているのですが、実際にそれが生徒の思考や感情に、どのように受け入れられるのか想像がつかなくて不安があります。
――これまでにない試みであるため、アイディアが実現できるか不安であるというよりも、生徒にどのような体験価値を提供できるかということに不安を感じているということですね。
Aさん:私たち準備員にとっても新しいチャレンジとなるため、想定していた反応が得られなかった時に教員がうまくリカバリーできるのか不安です。多様な体験ができる工科高校の環境を生かし、高校の先生方と協力してワクワクする時間にしていきたいと思います。
――お二人とも、生徒が愛総中で生活している姿を解像度高く想像しているからこそ、葛藤や不安が生まれていると感じました。では、3年間を見通して、どのような生徒に育ってほしいですか?

Aさん:愛総中だからこそ、その子の「好き」をしっかり受け止めてあげたい。実体験を通して一人一人が好きと思えることをみつけて、中学校を卒業するときにはより好きになって、そのことを胸を張って語れるようになってもらえたら嬉しいです。そのために、本音を聞いてあげられるような関係性を築きたいです。また、生徒同士でも、好きなことが話せたり、似た興味を持ってたりすると、心の距離もグッと近づいたりするのではないでしょうか。
Jさん:愛総中に入学して、慣れ親しんだ小学校から新しい環境に入ったとき、まわりの34人とはじめましてをすることになると思います。そのとき、固定担任制で一人の担任がクラスの雰囲気を見るのではなく、チーム担任制で複数の教員で一緒に見ていくことで、安心感を生み出せるかもしれません。このような関係性がAさんのおっしゃる本音を聞いてあげられる関係性の構築に繋がり、支援する体制ができると考えています。「好き」を高校に進んでも究めてもらって、将来に生かしてほしい。先日の説明会で、愛総中を検討されている児童個々の様子は感じることができましたが、35人集まりクラスとなった時の様子はまだ想像がつかない部分もあるため、チーム担任制で教員が協力して環境づくりに取り組みたいです。
――教科についてはどのような準備をされていますか?
Aさん:私は中学校で家庭科を教える上で、小学校と高校とのつながりや、他の教科とのつながりを意識しています。家庭科そのものが生活に直結する学びであり、例えばTシャツのタグを見て、どこで作られたかを調べてみるだけでも、生徒はいくつもの気づきを得ます。生産地のことであったり、その国の文化であったり、近所で働いている人がいるなどその国のことを身近に感じることができました。授業の目的は服の表示を見ることで、その取り扱い方法を学習することですが、「社会科でこういうことをやったんじゃない?」とか「こういうこと興味ない?」と生徒に問いかけることで、服1枚でこんなにも世界とつながっているのだと実感しながら授業を行っています。
――モノの背景を知るということは大切だと思います。
Aさん:そして、タグの生産地も最終的な国が表示されているだけで、糸を作っている国は表示と違うこともあるなど、繊維産業の話まで広げることができました。こうやって教科で見方を変えると、本当に生活って自分一人じゃないんだなっていうところに気づいて、「こんなことをやってみたらどうかな」とか、より生活を楽しくする方法として、チャレンジ100とも絡めていろいろ実践できたらいいなって考えています。
Jさん:私が英語と関わっていこうと思うようになった原体験は、大学時代の海外留学生の方とのコミュニケーションです。自分が当たり前だと思っている日本の文化とは全く異なる背景の方たちとお互い分かり合えた時の嬉しさや感動は、今生きる上でとても大切だと考えています。なぜならば、相手の気持ちや考えを深く受け止められるようになるとともに、自分の視野や思考を広げることができるからです。
――知識として知っていることと、実体験から感じたことを伝えられることは違いますからね。

Jさん:英語という言語を通して、広い視野を持ってほしいです。授業や教科書で知った新しい考えを周りの人に伝えるツールとして英語を使って欲しい。中学段階では、日本語で伝えることも難しいかもしれませんが、最終的には自分の考えを人に伝えられるように成長してほしいです。そのために、日本のポップカルチャーや防災、先ほどの家庭科の内容に近いものではエシカルファッションについて、英語の文章を読んで新しい知識をインプットする取り組みもしています。最初は新しい知識を日本語で伝える。しかし、英語を使えばより多くの人に伝えることができるようになるという考えで、英語に対する興味を広げられるようにしています。
――学んだことをアウトプットできると、より興味が湧いたり、好きになるきっかけになりますね。
Jさん:英語に苦手意識を持つ生徒は少なからずいると思うので、意味を見いだせない英語の勉強ではなく、英語が好きになったり、視野を広げるツールとしての意味を理解する中で学んでもらいたいと考えています。
――英語では少人数授業を展開しますが、生徒が自分のことを人に伝える機会も増えそうですね。最後に、準備員会を積み重ねる中で感じていることがあったら教えてください。
Jさん:このインタビューの前に、私はこの半年間を振り返っていました。その中で、教員としての初心を思い出すことが多く、ここ数年の自分の在り方を客観的に見ることができました。そして、愛総中の立ち上げに携わることで、自分の教育観の原点を確認しながら、より本質的な問いを自分自身に投げかけることができていて、これはより良い学校づくりに生かすことにつながっていると考えています。
――この振り返りが英語で視野を広げるということにも繋がっているのですね。

Jさん:英語だけを教えるとか、家庭科だけを教えるという知識の伝達については、今後たぶんAIによる講義に代替されていくと思っています。しかし、今回の話でもあった服のタグを見て、他の教科とのつながりを考えるとか、英語を通して視野を広げることは、やはり人間が介在しないと生み出せない価値だと考えています。
Aさん:私も初心であったり、教育という仕事とは何だろうということをあらためて考えることが多くなりました。学ぶことが好きだからとか、理由があって教員になっているのですが、AIがこれだけ発達して、知りたいことはインターネットですぐ分かる世界では、知識を教えるだけではなくて、得たものや既にあるものをどう生かしていくと自分が幸せになれるのかということを、教員というよりも大人として、家庭科という教科を通じて伝えていきたいです。
――自分をどのように生かすか、その場所を選択するのは自分ですものね。
Aさん:やはり、人は何かしら誰かのおかげで生活が成り立っている場面があると思っています。そのため、誰かからしてもらう幸せだけではなく、自分が他者にする幸せ、自分ができる幸せとは何かということを、学校生活を通じて少しでも考えられる環境を作ることが、学校の教員の仕事なのではないかと思うようになりました。例えるならば、自分自身の「幸せのものさし」を創ってほしい。
――「幸せのものさし」、素敵な言葉ですね。
Aさん:経験や人との関わりについて、愛総中はたぶん、1学年の人数は少ないけれども、縦のつながりや地域・社会とのつながりの中で、自ら動くことによって経験値を得ることができる環境を備えた学校になるのだろうと思っています。
――科学技術に限らず、社会の制度も成熟化し、選択肢や価値観が多様性になっているからこそ、生徒の皆さんには、自分の軸でどうしたいかを決められるように成長してほしいです。今回お話を伺ったお二人は、準備員会を通じて自らに問いをなげかけて、ご自身の軸を再確認しながら準備を進めていただいていると感じました。本日はお話しいただき、ありがとうございました。
Jさん・Aさん:ありがとうございました。










